🌷「存在しているだけで価値がある」──“存在給”という生き方を思い出す
「もっと頑張らなきゃ」
「何かをしていないと、自分には価値がない気がする」
そんなふうに感じたことはありませんか?
社会の中で評価されるのは“成果”や“結果”ばかり。
いつの間にか私たちは、“何かをしている時の自分”にしか価値を感じられなくなってしまうのです。
🌿 私が「存在給」という考え方に出会った日
私がこの「存在給」という言葉に出会ったのは、もう10年以上も前のこと。
当時の私は、異国の地で子育ての真っ最中でした。
髪を振り乱しながら、「自分が動かなければ大切なものは守れない」と、
いつも必要以上に力を入れて生きていたのです。
「やらなければ」「それなりの成果を出さなければ」──
そんな思い込みに縛られ、常に“出すこと(アウトプット)”ばかりを自分に課していました。
そんな時に出会ったのが、元心理カウンセラー・心屋仁之助さんの「存在給」という言葉でした。
仁さんはこう問いかけました。
「何もしなくても、たとえ寝たきりでも、人に価値を提供できなくても──
そんな自分に、価値を感じられますか?」
その瞬間、脳天直下型のチョップ?雷?に撃たれたかのような感覚になり
考えることもできずに涙が先にだぁああと溢れだし、何かから解き放たれるような感覚にもなりました。
私は、自分が“何かをしている時の自分”にしか価値を感じられなかった。
「何も生み出さない自分」には、存在する意味すら感じられなかったのです。
この考えを知ったあの日あの時の衝撃は今でも忘れられません。
長年、価値を生み出す自分しか認められない心のOSが強く作動していた私は
やはり、何も価値提供できない自分に価値なんて感じられるわけない!と憤りを感じてみたり
ある時は、いいんだ、何も生み出さない自分でも大丈夫なんだと正直かなり揺れました。
けれど、その日を境に、私の中で何かが少しずつ確実に変わりはじめました。
「ただ在るだけでいい」という言葉が少しずつ心の奥に染み込み、
頑張らなくても、自分という存在がこの世界にとって意味を持っている──
そんな静かな確信が、少しずつ広がっていったのです。
💭 存在給とは「Doing」ではなく「Being」に光をあてる考え方
存在給とは、「何をしたか」ではなく「どう在るか」に価値を置く考え方。
人は本来、息をしているだけで、笑っているだけで、
そこに“在るだけで”誰かの心をあたためたり、安心感を与えたりできる存在です。
つまり「Doing(行動)」よりも「Being(存在)」に価値を見出すということ。
この視点に触れると、
「役に立たなければ」「動かなければ」という緊張が少しずつほどけ、
“がんばらないと価値がない自分”という思い込みが静かにゆるんでいきます。

🌸 無価値観は一気に外れなくてもいい
最初から無価値観が一気に外れることはないかもしれません。
でも、この考え方を一度でも知ると、
あなたの中に“やさしい変化”が起こりはじめます。
あなた自身が、そのままのあなたを許し、
癒し、そして“自分の存在”そのものに価値を感じられるようになっていく。
それは時間をかけて、ゆっくりと根づいていくプロセスです。
フラワーエッセンスのように、静かに、でも確実に内側から広がっていく癒しです。
🍃 存在していること、それ自体がギフト
もし今、
「何もできない」「動けない」「価値が感じられない」と思っているなら、
それは“壊れている”のではなく、“ずっと守ってきた証”です。
存在給という考え方は、
「何かをすることで愛されよう」としていた自分を、
そっと解放してくれる光のようなもの。
人の価値は「どれだけ動いたか」ではなく、
「どんなエネルギーでそこに在るか」によって生まれます。
ただ在るだけで、あなたはもう、誰かを癒している。
そのことをどうか忘れないでください。
🌷まとめ:存在給が教えてくれたこと
“存在給”は、私にとって「がんばり」から「ゆるし」への転換点でした。
DoingからBeingへ──。
「やらなきゃ」から「いるだけでいい」へ。
その意識の変化が、心の緊張をゆるめ、
人との関わり方も、日常の感じ方も変えていきました。
あなたもぜひ、一度問いかけてみてください。
「何もしなくても、私は価値があるだろうか?」
その答えが“YES”に変わる瞬間、
あなたの人生の質が、静かに変わりはじめるはずです。
🪻エッセンス講座参加者募集中!
\\ 植物の力を借りながら、自身の心を見つめてみませんか?1回ごとの参加OKな講座です! //
